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WORDS ART / ESSAY 2025.10.18

八朔の実

vol.1

若山さんと 私について

岡田 勉 TSUTOMU OKADA
岡田勉
SERIES 八朔の実
VOLUME 01
AUTHOR 岡田 勉
WORDS ESSAY
01
HASSAKU NO MI

好きなアートと暮らす。
そしてここを拠点に、
足守の文化に新しい息吹を。

ARTICLE

若山さんと
私について

極私的美術館、開館おめでとうございます。

私が若山さんの構想を耳にしてから、約2年。本当に形になりましたね。心からお喜び申し上げます。

好きなアートと暮らす、というコンセプト。そしてここを拠点に足守の文化に新しい息吹を吹き込むという若山さんらしい強く熱い決意。

開館と共に、私のミッションの一つは、このコラムの連載をせよ、ということで、まずは私と若山さんの関係について、紐解いてからこのコラムのシリーズを始めたいと思います。テーマはどうしようかな?若山さんに相談してみます。

まずは私自身のことから。

美術大学でアーティストとして活動を行いながら、かつて活躍した日本の前衛芸術家たちのユニーク極まりない活動の記録や作品の多くが現存しないことなどを知るにつけ我が国の現代美術や新しい文化に対する姿勢や貧弱な状況に憂を抱いていました。このまま表現者でいるよりもアートを仕掛ける側、キュレーターになり仕組みづくりに携わる方が先決ではないかと考えたのが1985年。慌てて学芸員資格と教職を取得。そして、大志を抱いた若者は縁あって1988年にスパイラル/株式会社ワコールアートセンターに入社したのでした。スパイラルでは館内で行われた数多の展覧会に携わり、2000年頃からは「プロデュース」の看板を掲げて館外でのアートプロジェクトに邁進、今年の6月末に任期満了と少しばかりのわがままを実現したくてスパイラルを退社しました。

スパイラルとは女性の下着のトップブランド株式会社ワコールが情報発信基地として文化事業を行うというミッションの下、南青山に設立した複合文化施設で、活動のテーマは「生活とアートの融合」という、当時としては画期的な旗印を掲げて颯爽と日本のアート界にデヴューした、槇文彦さん設計による大変美しくユニークなアートセンターです。(アートセンターとは通常の美術館のようにコレクションをもたず、オルタナティブスペース、既成概念にとらわれず自由で実験的な活動を行う空間のこと。)ここにスパイラル初の専門職、学芸員として入社した。

そもそも下着メーカーがアートや最先端の多様なクリエイティブを扱うこと自体にやや違和感を覚えたものの、入社後程なくして若山さんたち広告業界のトップランナーの方々のネットワークがそれを支え、推進していることを知り得心したのでした。当時、若山さんは「大会社」という傑作な会社を経営。広告業界でビッククライアントの広告や流行歌の作詞まで手がける業界のトップランナー。そして、山城隆一さん、吉田臣さん、林田芳明さんたちと最高峰のクリエーターのノウハウを結集し総合的な企画制作を行う「優秀カムパニー」の創設メンバーとして、スパイラル草創期の運営方針や事業内容などを企画計画し、まさに深くサポートしていただいていました。故に若山さんはスパイラルにとっても、私にとっても大恩人なのです。

螺旋を描く美しいスロープの吹き抜けでは、かつて海外のアートマガジンでしか見たこともないようなアーティストの作品が展示され、スパイラルカフェにはいつでもクリエーションに携わる多くのスターが腰掛け、ホールでは世界的に評価の高い方々による演劇やダンス公演、CAYではワールドミュージックのコンサートと世界中からセレブが訪れ、地下駐車場には、常時スーパーカーがずらっと並び、その中にはもちろん若山さんのポルシェ911も。そんな憧れのスパイラルを皆さんのお力を得て、あり得ない様相を皆んなで実現したのです。

脱線しますが、当時はアートよりデザインの方が余程カッコ良かったのです。クリションに関心のある若者の憧れの職業は、デザイナー、コピーライター、アートディレクター、イラストレーターでした。実際、日本の広告は非常にクォリティが高く素晴らしかった。今では考えられないほどの予算が投じられ、各企業、様々なクリエーターたちが鎬をけずる時代でした。そこには多くのスターがいました。東京全体が好景気に浮かれ、テレビCM、広告が隆盛を極めた時代。

一方のアートは、特に現代美術と括られるモノはキワモノとして見られ、アーティストに至ってはやぼったい変な人、として見られていました。そんな時代だったのです。やがて、バブル経済は破綻、ご承知の通り社会全体に変革が起き、この間長く停滞する経済環境の中でようやく現代美術の出番がやってくるのです。日本全国に建設された公共美術館や文化施設がかつての大量動員を目的としたお金のかかる泰西名画展を買ってくる予算がなくなり、コスパの高い日本の現代美術にお鉢が回って来たという実にわかりやすい話。今になって思えば我が国のアート業界内においてはアーティストが育ち、海外拠点との交流やアーティストインレジデンスを始め新たな手法を獲得するなど、新しい文化を育む環境整備が行われた時代ともいえます。

コロナ禍が終焉を迎えクリスマスムードが戻ってきた2023年年末、突然若山さんから「今度、足守に美術館を作ることにしたから手伝ってくれ」と電話がかかって来ました。あの若山さんからの厳命、もちろん喜んでお手伝いします、とお応えしましたが、のちに「お手伝い」はまずかったな、と。自分ごととして、と言い直したと思います。スパイラル入社から退社を決意したタイミングでのお声がけ。ご縁というにはあまりにタイムリーで、深縁、私は果報者であります。

この電話から毎月一回スパイラルカフェで打ち合わせを重ねて来ました。若山さんの夢とアートをめぐる現実を戦わせながら、約2年。そろそろだなと思っていたところに分厚い封書が届きました。開くと、そこには自筆の便箋。熱い思い、決意を確かにありがたく受け取りました。そして遂に2025年10月19日開館。

曲線に囲まれた真っ白な美しい空間。灌漑一塩も束の間、さて、気持ちを入れ直して取り組まなきゃ、と想いを新たにしたのでした。何しろ、拠点運営は、完成が始まりです。心身ともに健康で末長くカッコよく戦い続けていただきたいと願っております。

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